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星期三, 七月 16, 2008

芥川奖得主杨逸接受日媒采访问答

原刊于7月15日日本《产经新闻》,翻译:东京博士

【芥川奖一问一答】杨逸:“日本的年青人缺少挫折”

获得第39次芥川奖的杨逸7月15日晚上在东京千代田区丸之内的东京会馆接受了记者会见,与报道阵愉快地进行了交谈。杨逸身穿带着银色闪光的连衣裙,白色高跟鞋,脸上泛着红晕坐着,会见是用日语进行的。

杨逸:“大家晚上好,我是杨逸,这次的小说能在日本获得好评,非常感谢,能获奖实在是太高兴了。”

日本记者:“作为中国人首次获得芥川奖,你有什么感想?”

杨逸:“我感到很幸福。”

日本记者:“是因为作品的舞台是中国的缘故吗?”

杨逸:“当然这也是一个原因。我有很多想法,写下来能得到大家的评价使我恨感动,希望通过小说传达我的想法,我觉得是做到了。”

日本记者:“知道获奖后,您的家人怎么样?”

杨逸:“获奖后只联系了我妹妹,她住在九州,被我妹妹说你是不是搞错了,那时我自己也觉得有点不能相信。”

日本记者:“孩子们怎么样?”

杨逸:“孩子们都很高兴,说[真好啊]”(稍微解除了紧张,露出了笑容)

日本记者:“你最想通过作品说的是什么呢?”

杨逸:“我在中国生活了23年,写的是来到日本之后从别的国家怎么看中国的,大概这个角度得到了大家的好评。”

日本记者:“你希望这个小说翻译后让中国人也能看到吗?”

杨逸:“那是当然的。”

日本记者“你写的是天安门事件,对中国人来说是一个很不同寻常的事件,选择了这样一个主题的理由是什么呢?”

杨逸:“我能活到现在,我想那是对我自己影响最大的一件事。”

日本记者:“什么样的影响?”

杨逸:“以天安门事件为契机开始思考很多事情,我自己究竟为了什么活着,感觉到了题这样的问题变得很大,人与人的关系,普通生活着的人我想不会怎么去深刻思考的。”

日本记者:“那你现在为了什么活着呢?”

杨逸:“还没有答案,现在还没有找到答案。”

日本记者:“这次获奖对您今后的影响如何?”

杨逸:“去年获得文学界新人奖的时候我就很高兴,我自己很满足的,得到这样的评价,觉得自己已经融入了日本社会,所以不能辜负了这样的奖赏,今后要更努力地去写作。”

日本记者:“请说一句中国话。”

杨逸:“我很高兴”

日本记者:“据说与上次的作品相比,获得了日语进步了不少的评价。。。”

杨逸:“说实话我恨高兴,不是因为我是中国人,而是对作品的评价,日语不是我的母语,所以虽说得奖了,但在日语方面我并不满足,我还会继续学习日语,用日语写作是一件无止境的事。”

日本记者:“小说的主人公模型实际存在吗?”

杨逸:“不存在。”

日本记者:“你对祖国是怎么想?”

杨逸:“我是一个中国人,我希望中国能变得更好,这种想法不仅仅是我,我想所有中国人都是这么想的,最近发生了很多事件,那些仅仅是朝着目标发展的一个过程而已。”

日本记者:“您大概也用中文写作,有没有不用日语无法表达的情况?”

杨逸:“不用日语的话无法表达倒是没有,但是不用中文的话无法表达倒是有的。”

日本记者:“今后你准备写什么呢?”

杨逸:(暂时沉默)“基本上是这样的,如果能写一些对社会有益的东西吧。”

日本记者:“作品中有很多汉诗,您很擅长汉诗吗?”

杨逸:“嗯,那倒也不是,不过我很喜欢。”

日本记者:“您觉得那些诗写的如何?”

杨逸:“我已经尽力了,但是现在还不能说自己很满足了,大概10年后能满足的话才算是好诗。”

日本记者:“您说希望中国变得更好,是指什么?”

杨逸:“这个嘛。。。。。。我想大概是应该大家都能幸福。”

日本记者:“关于被坦克碾碎了民主化运动的天安门事件,杨桑自己是不是觉得很挫折?”

杨逸:(暂时想了想)“是啊,很复杂的感觉,我想还是有点挫折感的。”

日本记者:“你觉得自己的文风是不是受到日本的作家的影响的?”

杨逸:“这个问题有点难,应该说是受至今为止自己阅读过的所有日语作品影响的。”

日本记者:“能举例说明吗?”

杨逸:“比如筒井康隆。”

日本记者:“作品名是什么?”

杨逸:“比如[文学部唯野教授]等等”

场内充满了笑声。。。

日本记者:“您怎么看现在的日本年轻人?”

杨逸:“我觉得他们很幸福,太幸福了,缺少挫折。”

场内大笑。。。

日本记者:“他们需要挫折吗?”

杨逸笑着回答:“很有必要”

日本记者:“您有没有写写日本社会或者怎么看日本人的小说的想法呢?”

杨逸:“那要看什么内容,我想写我看到的真实的日本,我在日本体验过的事。”

日本记者:“能告诉我们您最喜欢的日语是什么吗?”

杨逸大笑道:“最喜欢的日语嘛,是不是可以这样说,,,,,(两手高举,拳头上放上掌心),脚底心的这里,日语叫做[土踏まず],这个很好笑,也很感人的。”

场内大爆笑。。。。

日本记者:“得奖的心情如何?”

杨逸:“本来准备在家休息的,坐立不安。和母亲说话,无法入眠。”

日本记者:“这次获奖很偶然地与北京奥运是同一年,您怎么看?”

杨逸:“嗯,觉得很有缘分的。”

日本记者:“您如果写在日本看到的东西的话,主人公纯粹是日本人?还是日本人以外的人物?”

杨逸:“从纯粹的日本人角度写大概很困难,就算能这么写大概也缺乏说服力,但日本人会出场的吧,没写还说不清。”

日本记者:“您还继续中文讲师的工作吗?”

杨逸:“虽然可以走专业作家的道路,但是作家如果不接触人写出来的东西也是苍白无力的,所以我想会继续现在的工作。”

日本记者:“你的意思是说为了写作不能间断目前的工作?”

杨逸:“是的,这很重要,想借鉴的人可以参考。”(笑)

日本记者:“您喜欢日本吗?”

杨逸:“喜欢。”

日本记者:“具体喜欢什么?”

杨逸笑道:“比如现在这样直率地提问。”

日本记者:“想现在这样的影视照明下您什么感觉?”

杨逸:“很紧张的。”

日本记者:“在哪里能学中文?”

杨逸:“请直接找我”

日本记者:“读您的作品总是在某些地方会心地笑了,这是你有意识这样写的吗?”

杨逸:“大概这是我的性格吧,大家看到我能笑就好。”

日本记者:“这次作品的日语是不是边接收谁的提议边这么写的吗?”

杨逸:“写完之后,得到了编辑的提议,修改了几次。”

日本记者:“这是您得奖的第三部作品吧?”

杨逸:“是的”

日本记者:“花了多少时间?”

杨逸:“处女作写了2星期,这次的花了3个月。”

日本记者:“2星期的6倍?”

杨逸:“是的,这次花了很大的力气。”

日本记者:“处女作只花了2星期?”

杨逸:“是的,我想短时间能倾注热情。”

消息来源——http://sankei.jp.msn.com/culture/books/080715/bks0807152234002-n1.htm


回复[16]: 东京博士 (2008-07-16 21:03)
芥川奖评委高树のぶ子7月15日对媒体说:“作者的国籍不在评选材料特别考虑的范围内”。

--母语不是日语的人获奖是首次,请谈谈有关这样的人获奖的情况是怎么考虑的。

高树のぶ子:“我个人的感想是,评选的一切与这些是无关的。我们是评选的是用日语书写的作为文学的角度,作为个人史的文学,考察的是比其他作品有绝对的力度,是否是有质量的作品,作者的国籍和母语不是考虑的材料。”

--日语的表达不比日本的作家差吗?

高树のぶ子:“当然如果达不到这样的水准,要获得芥川奖是很难的,我们是按照日语在阅读的,因为是中国国籍或者母语是中文,所以评选可以放宽些,或者可以增减分数什么的是不存在的,说到底,是作为日语的评选。上次的评选,我们提了很多的意见,这次也有评为指出了日语的表达是不是有探讨的余地,希望在日语上能更上一层楼,但是作为个人史写下的作品,其文体上看不出有明显的缺陷。”

--请谈谈杨逸的作家性

高树のぶ子:“上次的作品,日语在各个部分存在问题,这次能很顺利地读下来,作为文章的基本机能是达到了标准,我觉得虽然稍微有些固定的描述,很通俗的描述,但作者选择了自己的文章表达能力上可能的素材,我认为这也是一种才能。描写一个男人的历史,让文章的弱点显得不那么露眼了,反过来说,作者用很多来自内心的信息去填补了这些不足,所以我觉得应该获得芥川奖。”

--这个真的和母语无关吗?

高树のぶ子:“我们评价的是作者描写的那个世界,作为文学作品,作为结果,写作的是谁,是什么样的人,母语是什么,那都是之后才知道的。日本最近20年一直在走下坡路,到了止步不前的地步了,这20年,有各种各样的东西,不断碰撞,抵抗,挫折,变节,努力爬起来继续向前的人,这是邻国发生的事,读来感觉很新鲜。”

(评选过程的更详细的信息还有很多,我就不翻译了=以上东京博士翻译,如需转发请自由。)

翻译转载自:http://www.dongyangjing.com/bbsmain.cgi?mode=view&no=3021&p=1


【芥川賞一問一答】「日本の若者、 挫折が足りない」楊逸さん (4/4ページ)


2008.7.15 22:33


第39回芥川賞を受賞した楊逸さん(左)=15日午後、東京・千代宇田区の東京會舘(大西史朗撮影)第39回芥川賞を受賞した楊逸さん(左)=15日午後、東京・千代宇田区の東京會舘(大西史朗撮影)

 第139回芥川賞を受賞した楊逸(ヤン・イー)さんは15日夜、東京・丸の内の東京会館で記者会見し、喜びを語った。報道陣との一問一答は以下の通り。

 《楊さんは、銀色のラメが光る紫色のワンピースに白いハイヒール姿で登場、やや紅潮して着席。会見は日本語で行われた》

 「皆さんこんばんは。楊逸と申します、このたび日本で小説を評価していただきましたこと、すごい感激しています。受賞できたことをすごいうれしく思っています」

 --中国人として初めての芥川賞受賞ということですが、どういうふうに受け止めますか

 「すごい幸せ者だなあと思いました」

 --中国が舞台の作品ですが

 「そのこともうれしい。この小説を書くについて、私、いろんな思いがあって、それを書いて評価していただいたということに感動しています。小説に入っている思いというのも、皆さんに伝わったかなと思っています」

 --受賞の知らせを受けて、家族はなんと

 「受賞してから連絡したのは妹だけです。九州に住んでいます。妹には『勘違いではないのか』と言われまして、一瞬私もそう思いました」

 --子供たちは

 「子供たちは喜んでいました。『よかったねー』って」

 《初めて緊張が解けたように、笑顔となる》

 --作品で一番言いたかったのは

 「中国で約23年育ったのですが、日本へ来てから、他の国で自分の国をみたその感覚を書き込んだ。たぶんそれを評価していただいたのかなと」

 --この小説を翻訳して中国の人に読んでほしいですか

 「もちろんです」

 --天安門事件が描かれている。中国の人にとっては大変な事件だと思います。それをテーマの一つに選んだのはどういう理由から?

 「私が今まで生きてきて、私自身に一番影響を与えたことだと思っています」


--どのような影響か

 「天安門事件をきっかけにしていろいろなことを考えるようになりました。私自身何のために生きているのか、とか大きくなっちゃうのですが、他人と個人との関係とか。ふつうこのようなことがなければ考えることはなかったのかなと思いました」

 --今なんのために生きていると思うか

 「それは答えはなかなか出ないですね。いまだに出ません」

 --今回の受賞は、小説を書く上でどういう影響があるか

 
「去年文学界新人賞を受賞したときもうれしかったんですけれど、私自身満足していましたけれど、こういうふうなかたちで評価していただいて、もう、日本に
とけ込んだような感覚がしました。素晴らしい賞を裏切らないように、これまで以上にがんばっていかないといけないなと思います」

 --中国語でひとこと

 「(中国語で)とてもうれしいです」

 --日本語が良くなったと前作に比べても評価があったが

 「素直にうれしく思っています。中国人でなく、作品に対して評価をしていただきました。私は日本語を母国語としていないのですが、賞をいただいたからといって満足するのではなく、これからも日本語を勉強します。日本語で書くということは終わりなき仕事だと思っています」

 --主人公のモチーフは実在するか

 「いないです」

 --祖国に対する楊さんの思いは

 「私もひとりの中国人なので、中国にはもっと良くなってほしい。その思いは私だけではなく、すべての中国人が持っていると思います。最近は大変な事件がいろいろあったのですが、あくまでも目標に向かっている途中にすぎないと思っています」

 --中国語でも書いていると思うが、日本語でないと表現できないことはあるか

 「日本語でなければならないというのはないですね。中国語でなければならないというのはある」

--今後どんな作品を書きたいか

 「(しばらく沈黙して)あの、基本なんですけれども、何か社会にプラスになるような作品を書けたらいいなと思う」

 --作品に漢詩を多用しているが、漢詩は得意なのか

 「え。(笑って首をすくめて)そうではないけれど。好きです。はい」

 --漢詩の出来映えは

 「私なりに力を出して書いたつもりですけど、今のところ満足とは言えなくて、あと10年くらい経って、そのとき満足していたら本当にいい詩だと思います」

 --中国がもっと良くなってほしいと言ったが、どういうところか。

 「どういうところというと…すべてみんな幸せであればいいなと思います」

 --民主化運動が装甲車によって押しつぶされた天安門事件に関して、楊さん自身は挫折感はあるのか

 「えー(しばらく考え)。すごい複雑なんですけれども、挫折感も多少はあると思います」

 --自分の作風といったものは、日本のどういう作家から影響を受けたか

 「難しい質問ですが、これまでに読んだ日本語の作品すべてから影響を受けています」

 --特にどんな作品か

 「筒井康隆さん」

 --作品名は

 「『文学部唯野教授』とか」

《場内、笑いに包まれる》

 --日本の若い人たちをどうみるか

 「すごい幸せだなと思いますね。幸せすぎて挫折が足りないかなと思います」

《場内、さらに大きな笑いに》

 --挫折が必要か

 「(笑いながら)すごい必要だと思う」

 --楊さんが日本社会、日本人のことをどう見ているかを小説に書くアイデアはあるか

 「内容にもよりますが、私がみた日本、あるいは体験した日本をそのまま書きたいと思います」

 --いちばん好きな日本語を教えてください

 「好きな日本語(大笑いしながら)。いちばん私が好きな日本語…言っていいですか、(両手を挙げ、こぶしの上に手のひらをのせ)足のここをですね、土踏まずと言いますよね、土踏まず。あれはすごく笑える。すごく感動しました」

 《場内大爆笑》

--受賞までどんな気持ちだったか

 「自宅で過ごすつもりだったけれど、ソワソワしました。お母さんと2人でおしゃべりしながら、もう眠れませんでした」

 --偶然だと思うが、北京五輪の年に受賞できたことは

 「すごい、縁を、感じます」

 --楊さんが見た日本を描くとき、主人公は純粋な日本人か、それとも日本人以外か

 「主人公は、純粋な日本人だと私が書くのは難しさがあると思う。書けたとしても説得力はないかもしれない。日本人は出てくるのではないでしょうか。書いてないので言えません」

 --中国語の講師を続けるのか

 「作家専業という道はもちろんあると思うが、作家というのは人と接しないと書いたものは青白くなるのではないでしょうか。働き続ける道もあると思います」

 --書き続けるために重要だと。

 「重要だと思います。勉強したい方は(笑い)どうぞ」

 《笑い》

 --日本は好きですか

 「好きです」

 --具体的に好きなところがあれば

 「(笑いながら)こういうふうにまっすぐな質問をされるところです」

 --テレビのライトなどをこうして浴びて

 「すごい緊張します」

 --中国語の授業はどこで受けられるのでしょう

 「直接言わせてください」

 --作品を読んでいると必ずどこかで笑ってしまうが、笑いを心がけているのか

 「私の体質みたいな感じですね。皆さん私をみて笑いたいんでしょう」

 --今回、日本語はだれかからアドバイスを受けながら書いたのか

 「書き終わりまして、編集者の方にアドバイスをいただきまして、何回か手直しをしました」

 --受賞作は3作目ですね

 「そうですね」

 --どのくらい時間をかけましたか

 「デビュー作は2週間ほどでしたが、今回は3カ月でした」

 --2週間。6倍?

 「そうです。今回は力をいれました」

 --デビュー作は2週間

 「そうですね、短い方がすべての情熱をかけられると思います」







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